20代の頃は、
やるか、やらないか、を選んでいた。
30代に入ると、
やるか、今はやらないか、に変わった。
35歳を過ぎると、
その選択肢自体が、静かに消える。
できなくなったわけじゃない。
諦めたつもりもない。
ただ、選ばなくなった。
服も、仕事も、人との距離も、
昔ほど悩まなくなった。
それは成熟なのかもしれないし、
単なる慣れかもしれない。
でも一つだけ、はっきりしていることがある。
それは、
「選ばなかった理由」を
誰にも説明しなくなった、ということだ。
若い頃は、
やらない理由を言葉にした。
忙しいから。
自分には向いてないから。
今じゃない気がするから。
35歳を過ぎると、
理由を用意しなくなる。
理由がないわけじゃない。
ただ、理由を取り出す必要がなくなる。
それは楽でもあるし、
同時に、少しだけ怖い。
選択肢は、
声を上げて消えるわけじゃない。
通知も来ない。
締切もない。
ただ、
「そういうものだ」と思うようになる。
昔なら立ち止まっていた場面を、
そのまま通り過ぎる。
選ばなかったことに、
後悔もしない代わりに、
実感も残らない。
変わりたい、とはあまり言わなくなる。
その代わりに、
戻りたい、とも言わない。
多くの人は、
変化を恐れているんじゃない。
選び直すことを、
面倒だと感じているだけだ。
35歳になると、
世界が狭くなるわけじゃない。
世界はそのままで、
こちらの手が、
自然と伸びなくなる。
この場所は、
そのことを責めるために書いていない。
選ばなくなったことを、
無理に取り戻そうともしない。
ただ、
選択肢が消える瞬間が、
確かに存在することだけを、
置いておく。
気づいた人が、
気づいたタイミングで、
拾えばいい。
ここは、
選び直す場所じゃない。
選ばなくなった自分を、
一度そのまま見る場所だ。
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