YOSAN– Author –
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外部メディア・社会の音
政治や社会問題への怒りが、生活の忙しさに薄められる
朝のニュースフィードに流れてくる、政治の不祥事や社会の不条理。それらに対して「おかしい」と声を上げること、あるいは怒りを共有することは、かつてはもっと身近で、義務に近い感覚を伴っていたはずだ。20代の頃の怒りは、自分と社会が地続きであると... -
仕事・役割のズレ
後輩の成長を、純粋に喜べない自分を静観する
後輩がうまくやっている。 以前なら迷っていた場面で、自然に判断している。 会議でも、必要な言葉を選んでいる。 任せた仕事が想像より早く返ってくることもある。 その様子を見ると、たしかに安心する。 頼れるようになった、という感覚もある。 けれど... -
生活リズム・時間感覚
新しいことより減らすことに安心する日がある
世の中は常に「プラス」を求めてくる。新しいスキルの習得、未知の趣味への挑戦、あるいは人脈の拡大。20代の頃の私たちは、その要請に素直に応えていた。何かを足すことは自分を強くすることであり、未完成な自分を埋めていく作業には、確かな全能感が宿... -
外部メディア・社会の音
広告の中の「理想の大人像」が、自分の親の世代で止まっている
広告の中に出てくる「大人」の姿がある。 落ち着いた服。余裕のある表情。整った部屋。 少し高めの家具。静かな朝。手間をかけた時間。 そういう画面を見るたびに、違和感まではいかないが、少し引っかかることがある。 そこにいる人物は、たしかに大人と... -
仕事・役割のズレ
職場の「飲み会」の誘いを断る理由が、丁寧になっていく
職場のチャットツールや、帰り際のデスク越しに届く「今日、少し寄っていきませんか」という誘い。20代の頃のそれは、断るにしても受けるにしても、どこか切実なイベントだった。行かなければ情報から取り残されるような焦燥感があったし、断る際には「先... -
人間関係の距離感
近況報告だけで会話が終わる相手がいる
久しぶりに連絡を取っても、近況報告だけで会話が終わる相手がいる。 仕事はどうか。住む場所は変わったか。体調はどうか。 そのくらいで一度止まる。 昔なら、そこからもう少し続いていた気がする。 誰の話をしているか。最近どこへ行ったか。少し細かい... -
人間関係の距離感
親しい人ほど予定を合わせなくなる関係の変化
人間関係は、会う頻度や連絡の量で温度が測れる、という一般論がある。 親しい相手とはよく会い、距離ができれば関係も薄れる。 そんな直線的な考え方は、20代の頃なら自然に受け入れられた。 けれど、35歳前後になると、 親しい人ほど予定を合わせなくな... -
仕事・役割のズレ
何かを始める前に終わり方を考えてしまう
何かを始める前に、先に終わり方を考えることがある。 大きな決断ではない。 小さいことでもそうだ。 新しいアプリを入れる。本を買う。休日に少し遠くへ行く。 その瞬間、始めるかどうかより前に、途中で止める場面が浮かぶ。 最後まで続かなかったらどう... -
仕事・役割のズレ
「手に職」という言葉が、お守りとして機能しなくなる
20代の頃、私たちはこぞって「手に職」を求めた。会社が倒れても、景気が悪くなっても、これさえあれば生きていける。そんな具体的なスキルや資格は、将来への漠然とした不安を追い払うための、確かな「お守り」だったはずだ。その技術を磨くことは、その... -
外部メディア・社会の音
経済誌の「リスキリング特集」が、自分を追い越していく
駅の売店やスマートフォンのニュースフィードで、「リスキリング」という文字を見かけない日はない。経済誌の表紙には、これからの時代を生き抜くためのスキルセットが並び、学び直しに成功した同世代の事例が華やかに紹介されている。それらは極めて正し...