独立や起業は、
自分の力で道を切り開く選択肢として語られることが多い。
会社に縛られない働き方、
裁量の大きさ、
成功すれば大きなリターンがある可能性。
特に30代は、
経験も人脈も揃い始める時期として、
「挑戦するなら今」という言葉が添えられやすい。
実際、周囲に起業した人の話を聞く機会も増える。
一方で、
35歳前後になると、
独立や起業という言葉が、
以前ほど前向きに響かなくなる人もいる。
否定しているわけでも、
怖がっているわけでもない。
ただ、その言葉をそのまま自分の選択肢として
置ききれない感覚が残る。
独立を考えていないわけではない、という状態
独立や起業を、
一度も考えたことがないわけではない。
むしろ、
頭の片隅にはずっとある、
と言った方が近い人もいる。
「もしやるなら」
「本気でやるなら」
そうした仮定は浮かぶ。
けれど、その先に進もうとすると、
話が具体化しない。
今の仕事が嫌なわけではない。
ただ、このままでいいとも言い切れない。
独立すれば自由になる、という話も理解できる。
けれど、
それが自分の生活や時間感覚と
どうつながるのかが見えにくい。
やらない理由は説明できない。
やる理由も、決定打にはならない。
独立という言葉だけが、
宙に浮いたまま残る。
独立や起業が、現実として手触りを失うとき
独立が進まない背景には、
いくつかの感覚が重なっていることがある。
たとえば、
「すべて自分で決める」ことの自由が、
以前ほど軽く感じられなくなっている場合。
選べる範囲が広がるほど、
責任の置き場も増える。
あるいは、
失敗の定義が曖昧になっていることもある。
若い頃の失敗は経験と呼ばれたが、
今は生活や周囲に与える影響も含めて
考えざるを得なくなる。
また、
成功例の語りが、
自分の実感と噛み合わなくなっていることもある。
勢い、覚悟、根性。
そうした言葉が、
必要以上に単純に聞こえてしまう。
どれも独立を否定する理由ではない。
ただ、それらが重なると、
独立は「前に進む選択肢」ではなく、
慎重に扱う対象になる。
それでも、会社にしがみついているわけではない
だからといって、
今の組織に強く執着しているわけでもない。
安定だけを守りたい、
という感覚とも少し違う。
独立しないことが、
保守的な選択だとも言い切れない。
ただ、
今の判断軸では、
どちらにも振り切れない状態が続いている。
動かないことが正解だと
思っているわけでもない。
けれど、
動くことが正解だとも
まだ言えない。
独立を選ばない時間が、
そのまま積み重なっている。
それ自体を、
どう扱うかも決めていない。
独立や起業が進まないのは、
挑戦心が足りないからとは限らない。
これまで使ってきた
成功や前進の基準が、
静かに合わなくなっているだけかもしれない。
踏み出さなかった時間にも、
留まっていた理由にも、
個別の事情は残っている。
状況は、そのまま置かれたままでもいい。

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