年上の知人との関係だけ、形が変わりにくい

人間関係は、年齢とともに少しずつ整理されると言われる。
会う頻度が減る人もいれば、自然に連絡が途切れる相手もいる。

同年代との関係では、その変化が比較的わかりやすい。
仕事が変わる。
住む場所が変わる。
生活時間がずれる。

そのたびに、距離も少しずつ動く。

けれど、年上の知人との関係だけは、
なぜか同じ速度では変わらないことがある。

会わない期間があっても、
切れた感じになりにくい。

近づいたわけでもないのに、
前の形がそのまま残っているように見える。

目次

久しぶりでも、最初の距離に戻りにくい

同年代の相手なら、
しばらく会わない時間があると、そのあとの再会で距離が少し変わる。

話題が変わる。
呼び方が変わる。
以前より少し説明が増える。

けれど年上の知人には、
そこがあまり動かないことがある。

久しぶりに会っても、
以前の延長で会話が始まる。

敬語の濃さも、
話す順番も、
どこまで踏み込むかも、
最初につくられた輪郭が残りやすい。

20代の頃は、その形をあまり意識しなかった。

年上だから自然にそうなる、というだけで済んでいた。
むしろ、その輪郭があることで関係はわかりやすかった。

でも時間が経つと、
自分の立場や生活は変わっているのに、
その関係だけ以前の型を保ったまま残ることがある。

対等になったとも言い切れないまま続く

年齢を重ねれば、
立場は少しずつ近づく。

仕事の経験も増える。
責任の種類も変わる。

それでも、年上の知人とのあいだでは、
急に対等になる感じは生まれにくい。

もちろん上下というほどではない。
けれど完全に横並びとも言いにくい。

相談する側だった時期の名残が残っていることもある。
何かを教わった記憶だけが、関係の底に残ることもある。

そのためか、
会話の中で自分の変化だけが少し遅れて見える。

以前より意見を持っていても、
以前より判断できることが増えていても、
その全部を関係の中に持ち込むわけではない。

変わっていないのではなく、
変え方が見えにくい。

距離を詰めるでも離すでもなく、そのまま残る

同年代の関係は、
生活の変化に合わせて少しずつ組み替わる。

会わなくなれば薄くなるし、
また近づけば形も変わる。

けれど年上の知人には、
その組み替えが起きにくいことがある。

会う頻度が減っても、
必要があればまた連絡する。

連絡がなくても、
終わったとは感じない。

だから距離を取ったつもりもないし、
保っているつもりもない。

ただ、前の輪郭が残ったまま時間だけが進む。

その状態は整理という言葉にも合わない。

続いているとも言えるし、
止まっているとも言える。

関係の役割だけが静かにずれる

20代の頃は、
年上の知人は少し先を歩いている人だった。

答えを持っているように見えたし、
迷ったときに聞く相手でもあった。

でも年齢を重ねると、
その差は少しずつ縮まる。

相手も変わる。
自分も変わる。

それでも、関係の入口だけは昔のまま残ることがある。

以前なら聞いていたことを、
今は自分で判断している。

以前なら頼っていた場面でも、
もう頼らない。

けれど、その変化をわざわざ言葉にすることもない。

だから関係は切れず、
ただ役割だけが静かにずれる。

変わっていないように見えて、同じではない

前と同じように会っていても、
中で動いているものは少し違う。

以前と同じ敬語でも、
受け取り方は変わっているかもしれない。

以前と同じ話題でも、
聞き方は変わっているかもしれない。

ただ、その変化は表面に出にくい。

年上の知人との関係だけ、
形が変わりにくく見えるのは、
変化が小さいからではなく、
変化を表に出さないまま続いているからかもしれない。

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この記事を書いた人

35歳以降の言葉になりにくい感覚を記録しています。
人と時間のあいだに残るものを観察しながら、別の形の対話もつくっています。

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