趣味を増やすより続けるほうが難しくなる

趣味を持ったほうがいい、
という言い方はよくある。

仕事以外に集中できるもの。
気分転換になるもの。
自分の時間をつくるもの。

たしかに、
何かひとつあると生活に区切りができる。

だから新しく始めること自体は、
前より難しくない。

動画を見れば入り口がある。
必要な道具もすぐ分かる。
始め方も調べられる。

むしろ、
何かを始める選択肢は増えている。

けれど、
増やすことより続けることのほうが
少し難しく感じることがある。

最初の数回は動く。

でも、
その先が静かに薄くなる。

目次

始める理由はすぐ見つかる

たとえば、
少し体を動かしたくなる。

散歩でもいい。
軽い筋トレでもいい。
ランニングを試すこともある。

道具を買うほどではなくても、
一度やってみる。

料理でも同じだ。

少し凝ったものを作る。
新しい調味料を買う。
動画を見ながら試す。

読書もそうだ。

気になる本を買う。
最初の数章までは進む。

始めるところまでは、
以前より入りやすい。

必要な情報がすぐあるからだ。

20代の頃は、
始めるまでの準備に勢いが必要だった。

今はそこに時間がかからない。

だから、
新しい趣味は増えやすい。

続ける段階で急に“次回”が遠くなる

問題は二回目以降に出る。

一度やった。
悪くなかった。

でも次に同じことをする日が
自然に来ない。

忙しい週が入る。
少し疲れる。
別の予定が入る。

そのまま数日空く。

やめたわけではない。

道具もある。
興味も消えていない。

けれど、
次に再開するタイミングが
思ったより遠い。

以前なら
少し空いても戻れた。

今は、
一度空くとそのまま
“また今度”が伸びやすい。

好きでも習慣になりきらない

続かないからといって、
合わないとも限らない。

やれば楽しい。
やったあとに悪くない。

それでも、
日常の中へ定着しにくい。

理由はひとつではない。

時間がない日もある。

ただ、
時間だけでもない。

空いた時間があっても、
そこへ自然に置かれない日がある。

少し座る。
スマートフォンを見る。
別のことを先に済ませる。

そのあとで、
今日はいいかと思う。

好きかどうかと、
続くかどうかが
少し別になる。

増えるのは“入口”で、残るのは少ない

興味は広がる。

あれも少し気になる。
これも試せそう。

動画で見る。
道具を見る。
体験談も読む。

入口は増える。

でも残る数は増えない。

むしろ、
途中で止まったものが
静かに並ぶ。

読み終えていない本。
数回だけ使った道具。
保存したまま見返していない情報。

どれも失敗ではない。

ただ、
続かなかっただけだ。

そしてその“続かなさ”を
以前ほど深刻には思わない。

続けるには余白より一定さが必要になる

趣味は余った時間でできそうに見える。

でも実際には、
余白だけでは続きにくい。

少し決まった流れがいる。

この曜日。
この時間。
この順番。

そこがないと、
後ろへ回りやすい。

20代の頃は、
勢いだけで続くこともあった。

夜中でも始める。
翌日眠くてもやる。

今は、
翌日のことが先に見える。

少し遅くなるだけで
やめておこうと思う。

だから続けるには
熱量より配置が必要になる。

趣味の価値を“増えた数”で見なくなる

以前は、
何かしていること自体に
少し意味があった。

新しいことを知る。
人に話せる。
選択肢が増える。

今は、
増えた数であまり見なくなる。

ひとつ続いていれば十分と思う日もある。

逆に、
続いていなくても
少し試したことが残っていれば
それで終わることもある。

趣味は増えるより、
残り方が静かになる。

やめたとも言えないまま置かれるものがある

完全にやめたわけではない。

またやるかもしれない。

そう思うものが増える。

押し入れにある道具。
途中のままの本。
保存されたページ。

どれも閉じていない。

でも毎週続いているわけでもない。

趣味は増やすより、
続ける位置に置くほうが難しくなる。

その変化は、
何かを失ったというより、
日常の流れの中で
少し置き場所が変わっただけかもしれない。

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この記事を書いた人

35歳以降の言葉になりにくい感覚を記録しています。
人と時間のあいだに残るものを観察しながら、別の形の対話もつくっています。

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