誘われなくなる前に自分から予定を減らしている

人間関係は、
ある日まとめて整理されるわけではない。

必要な関係だけ残すとか、
合わない相手とは距離を置くとか、
そういう言い方はよく見かける。

たしかに、
生活が変われば会う相手も変わる。

予定の入り方も変わる。

けれど実際には、
誰かとの関係がはっきり切れるより前に、
自分の側で予定の置き方だけが少し変わっていくことがある。

誘われなくなったわけではない。

むしろ、
声はかかっている。

ただ、その前に、
自分から空けなくなる日が増える。

目次

以前なら迷わず入れていた予定が少し先へずれる

20代の頃は、
予定は埋まるものだった。

空いていれば入れる。
誘われれば行く。
少し遠くても合わせる。

金曜の夜でも、
翌日に予定があっても、
その場の流れで決まることがあった。

前日でも動けた。

誰と会うかより、
何かあること自体に重さがあった。

けれど今は、
空いていても一度止まる。

その日は空いている。
でも翌日のことを少し考える。

帰る時間。
翌朝の感覚。
その週の流れ。

断るほどではない。

ただ、
すぐに「行く」とならない。

少し考えて、
別日にしようかと思う。

結果として、
予定は入らない。

誰かに断られたわけではなく、
自分の中で先に薄く閉じている。

距離を取りたいわけではないのに、回数だけ減る

会いたくないわけではない。

嫌いになったわけでもない。

むしろ、
会えば普通に話せる相手も多い。

だから説明しにくい。

以前と同じように声がかかる。
同じように返信もする。

でも、
回数だけ少し減る。

仕事が忙しい週もある。
家で済ませたい日もある。

理由はその都度あるけれど、
どれかひとつが決定的ではない。

体力の問題だけでもない。

何かを優先しているというより、
予定を入れたあとに生まれる
小さな前後まで含めて考えるようになる。

移動。
終わる時間。
帰宅後の静けさ。

その全体が先に浮かぶ。

20代の頃は、
予定の中身が先だった。

今は、
その周辺の時間まで
自然に視界へ入る。

“また今度”が関係を壊すわけではないと知っている

断る言葉も変わる。

忙しいから無理、
ではなく、
また今度にする。

本当にまた会うこともあるし、
しばらく空くこともある。

でも、
その空白に以前ほど意味を乗せなくなる。

返事が遅れても、
前ほど気にならない。

会わない期間があることを
関係の後退だと思わなくなる。

学生の頃は、
会う頻度がそのまま近さだった。

連絡が減ると、
少し不安にもなった。

今は、
数か月空いても
次に会えば普通に話せる相手がいることを知っている。

だから、
空けること自体に
あまり説明をつけなくなる。

誘われる前に埋めるのは予定より余白かもしれない

予定表を見る。

完全に空いている日がある。

以前なら、
そこに何か入る余地として見えていた。

今は、
そのまま置いておくことがある。

空白を埋めない。

何をするか決めていなくても、
埋めないまま残す。

あとから誘われても、
その日は少し迷う。

何もないのに、
何もないことを崩したくない。

この感覚は少し説明しにくい。

怠けたいわけでもない。

誰とも会いたくないわけでもない。

ただ、
空いていること自体に
以前より意味がある。

そのため、
誘われなくなる前に、
すでに自分の中で
入る予定の数が減っている。

関係は減るより先に形が変わっている

会わなくなった相手が
すべて遠くなるわけではない。

むしろ、
頻度が減っても続く相手もいる。

たまに会う。
久しぶりに話す。
それで十分な関係もある。

以前のように
何度も集まらなくても、
形だけ残ることがある。

関係は切るか残すかで
決まるわけではない。

少しずつ、
予定の置き方の中で形が変わる。

その変化は、
誰かが離れたというより、
自分の時間の中で
自然に起きていることのほうが多い。

まだ誘われるうちに、少しだけ静かになっている

声がかからなくなったからではない。

誘いがなくなったからでもない。

まだ会える。
まだ集まれる。

でもその前に、
自分の側で
少しだけ予定を薄くしている。

そのことを
はっきり意識する日は少ない。

ただ振り返ると、
以前より先に
空けている日が増えている。

関係を減らしているつもりはなくても、
予定の温度だけが少し変わっている。

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この記事を書いた人

35歳以降の言葉になりにくい感覚を記録しています。
人と時間のあいだに残るものを観察しながら、別の形の対話もつくっています。

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