写真の自分に、少し距離を感じるとき

写真に写る自分に、少し距離を感じることがある。
鏡で見ている自分とは違う、どこか他人のような表情がそこにある。
撮られた瞬間の自分より、写真の中の自分のほうが、少しだけ遠い。

20代の頃は、写真の自分がそのまま“自分”だった。
多少の違和感があっても、写りの問題として流せたし、
見慣れない角度も、ただの一部として受け入れられた。

でも今は、
同じように写っているはずなのに、
写真の中の自分が、どこか別の人のように見える瞬間がある。

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写真の自分が、思っていたより“外側”に見える

写真を見返したとき、
笑っているつもりでも目元だけが少し疲れて見えたり、
自然体のつもりが、どこか構えているように写ったりする。

鏡では気づかないものが、
写真でははっきりと残る。

20代の頃は、
その差を軽く受け流せた。
今は、
その差が自分の外側にある“別の層”のように見える。

内側の感覚と、外側の写りが少しずれる

写真の自分に距離を感じるのは、
見た目が変わったからというより、
内側の感覚と外側の写りが、少しだけずれるからかもしれない。

自分では自然にしているつもりでも、
写真の中では少し緊張が残っていたり、
気を抜いているつもりでも、
口元だけがわずかに固かったりする。

20代の頃は、
その差がほとんどなかった。
今は、
その差が写真の中で静かに浮かび上がる。

変わったのは写りではなく、“写りの受け取り方”

写真を見て距離を感じるのは、
写りが悪いからではない。

そこに写っているのは確かに自分なのに、
その表情や姿勢が、
今の自分の感覚と少しだけ合わない。

前は、違和感があってもそのまま流せた。
今は、
その違和感にほんの少しだけ足が止まる。

その止まり方が、
距離として残る。

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この記事を書いた人

35歳以降の言葉になりにくい感覚を記録しています。
人と時間のあいだに残るものを観察しながら、別の形の対話もつくっています。

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